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Sew イベント 気むずかしい教養を手なずける

ACADEMIC GROOVE

レポート

■わからないことが楽しさを継続させる

「僕が東大の広報室に入ったとき、全然学問的な知識がなくて、インタビューに行くにしてもちょっと躊躇したんだよね。でも中途半端に勉強して研究者に会うのではなく、知らないままで会おうと決めたんだ。」

20年の編集者生活から東京大学広報への転身。知識を蓄え、理論武装しての決断かと思いきや、無知を武器にして挑もうとしたという清水さんの話に参加者のみなさん、前のめりになります。

「下手に理解できちゃうと、素人が話を聴いたときに覚える感動がわからなくなっちゃう。研究者のほうも、素人に届くように、素人を驚かせようと話してくれるから、『何も知りません。教えてください』って正直に言ったほうが面白い話が聞けるんだよ。」

今回のテーマは教養を手なずけるということで「いかに知識をため込むか、スマートに理解するかといった方法を手に入れられるのでは」と思われた方には驚きの告白です。壁に映し出されたのは「わからない≠楽しめない」の文字。

「わからないから楽しい。わかっていくとさらにわからなくなる。わからないがなくなったらつまらないでしょ。わからないことをネガティブに感じないことが僕がずっとアカデミアに接してこられた秘訣だね。」

参加者の皆さんが持参された「挫折してしまった本」。分厚いから、難解な言葉ばかりだから、教科書だからなど挫折してしまった理由は様々です。でもそれらの根っこにあるのは、その本に対する「面白い」という感覚が途切れたということです。

「学術書の中にはわざと難しく書いているものもあります。そうしないと厳密さが欠けてしまうので、アカデミアの中では通用しない。でも、僕たちからすれば、そんなアカデミアのフォーマットなんて関係ないわけで、引っぺがして面白さを味わえればいいんだよね。」


■経済的学び、狩猟的学び

清水さんと打ち合わせをしていて印象に残った言葉に「学ぶ行為こそクリエイティブであるべきだ」というフレーズがあります。試験のために丸暗記するとか、すぐに役立つように知識を揃えるというのは経済的な学びであり、そうした学び方には、周辺にある情報がごそっと抜けてしまったり、体系的に眺めることができないという欠点があります。

「経済的な学びはガリガリやっているようで、実は学ばされているから受動的なんだよね。本当に楽しんで学んでいる人は、もっと『狩り』に行って獲物をつかまえてきたみたいな、そんな風に学んでいると思うんだ。」

東大に着任した時、何でも知っているすごい研究者がたくさんいるのかと思っていたけれど、研究者も専門分野とその周辺の分野以外の学問に関しては素人であり、普通の人なんだと感じたそうです。ただ、魅力的な研究を行っているのに、限られた専門分野の中だけでしか知られていないのはもったいないと、わざと普段は出会わないような研究者どうしを対談させたりして魅力を引き出したいと考えた清水さん。自分には知識がない分、得るものが多い=獲物(料理の素材)が多いという感覚で臨んだそうです。獲物を探し、捕らえ、最適な調理法(編集手法)を編み出す。その経験から語られる言葉には重みがあります。


■アカデミアの編集者

大学で行われている研究を社会に発信していく広報担当者。ただ、清水さんが理想とする「アカデミアの広報(アカデミアの編集者)」は科学コミュニケーターとは異なる存在だといいます。

科学コミュニケーターは基本的に研究者サイドにいて、研究内容をわかりやすく、簡潔に伝える啓蒙的な役割を負っています。一方、アカデミアの編集者は魅力的だと感じられれば、難しいことを難しいまま伝えることもありますし、必ずしも研究者サイドにいるのではなく、客観的に批判を加えることもあります。

「科学コミュニケーションが悪いといっているのではなく、わかりやすくかみ砕いてしまうと失われちゃう魅力もあると思うんだ。圧倒的にすごい、なんだかわからないけど魅力的っていう感覚はそのまま伝えたい。ただ、バランスは大事で研究を大絶賛、みたいになってしまわないようにしている。すべての研究は仮説だし、絶対正しい結論なんてものは存在しないわけで、まだまだ発展途上である、議論の余地があるっていうことも伝える。だから議論の途中で終わることもあったり。そこは編集者が作る編集物(コンテンツ)だからね。」


■何のための教養?

さて、第二部のテーマである「何のために教養を身につけるのか」の文字が壁面に映し出されると会場から質問がありました。

「今回、このイベントに参加するにあたって、疑問に感じていることがあります。そもそも教養ってなんなんですかね。どういうものなのか、この場ではどういう意味で使われているのか教えていただければ…。」

確かに、以前のSewイベントで「公共」を扱った時にもその定義から入ったように、「教養」もそれを扱う前に定義が必要な大きなテーマだといえます。

「今回のイベントでは、教養の語源となったリベラル・アーツという言葉をその定義に据えています。歴史的に奴隷がいた時代、奴隷と自由市民を分けていたのはリベラル・アーツを会得していたかどうかであったという背景があります。」

奴隷は体力も、ものを作る技術も持っていたけれど、世界を広く知っていたり、他者と議論したり、理解する基礎的な力=教養がなかったのです。今回のイベントでは広く議論し、理解し、判断できるための基礎的な力を「教養」と考えます。

「さっきの話と通じるけど、すぐに役立つ知識や技術だけでは他者とやり取りして理解することはできないと思う。そういう時に大事なのが文学だったり、哲学だったり、芸術といった、いわゆる人文学と呼ばれている分野なんだよね。」

たとえ自然科学の豊かな知識があり、先端の技術を保持していても、それがいったい何なのか、私たちに、あるいは相手にとってどのような存在なのかを考え、理解するには「人文知」が欠かせないといいます。

「最近の国立大学改革案では人文系学部の廃止や機能転換が提案されているけど、それは真逆で、高度な科学技術を手に入れて、複雑な国際問題が山積している時代だからこそ人文知を豊かに身につける必要がある。本当なら、それを言わなければいけない人たちに人文知は要らないと言われているようで、文系出身者としては悲しいよね。」

役に立つ、立たないだけでは判断できないのが教育、研究の特長であり、それを大学自らが放棄してしまうことはかえって大きな損失を生むというわけです。


■知識と知性

「脳外科手術として今は行われていないロボトミーというものがあって、生み出された当時は統合失調症などの改善に役立つ夢の治療法だといわれた。その功績は開発者にノーベル賞が贈られるほどだったんだけど、後々倫理的に問題があるとか、深刻な後遺症が残るということで禁止されてしまった。同じようにナチスが政権をとった時にも政治学者や人類学者、哲学者がそれを支持したという事実もある。これらから考えさせられることは多いと思う。」

今考えれば明らかに間違いだとわかることでも、当時は正しいとされたといういくつかの例を示し、専門家や権威ある人が言うことを信じ、自分で思考せずに判断を委ねてしまうことの危険性を清水さんは語ります。

「これまで教養の話をしてきて、楽しんで知識を得る習慣を身につけようみたいな流れになっているけど、生活する中で何かおかしいとか、もっと議論した方がよいのでは、といった気づきや賢明な判断、『本質に斬り込む判断』というのは知識からではなく『知性』から生まれると思う。」

知識をたくさん持っているからと言って、その人が知性を持っているとは限りません。反対に知識がそれほどなくても賢明な判断、「本質に斬り込む判断」ができる人がいるのも事実です。

「ある分野の知識をたくさん持っている人はすごいかもしれないけど、その中でしか物事を見られないかもしれない。相手の立場になるとか、直感的に判断するとかそういう時にかえって知識が足かせになることもある。知性がある人って知識を蓄えるだけではなく、それが身体化されているんだと思う。それは知識の量が豊富なだけではなく、知識が身体化されていることによって、直感や感覚と矛盾を起こさずに『本質に斬り込む判断』ができるようになるんじゃないかな。視点も固定されず、対象を引いて見たり、ずらして見たりすることもできるようになると思うよ。」


■アカデミアとアカデミズムを楽しむ者=ACADEMIC GROOVER

清水さんの経験によると、研究者の大半は「自分の研究内容を社会に還元しよう、理解してもらおう」と考えているそうです。しかし、中には権威的にふるまう人もいるとのこと。

「前半で話したように、アカデミックなことはどんどん難しく、理解できないようにすることができる。そうすることで、自分たちのテリトリーに入ってこないようにすることもできるからね。それに対してACADEMIC GROOVE運動は必要以上に学問を難しく感じさせている『ヴェール』をはぎ取っていく。しかし、同時に、むやみに簡単にするのではなく、研究やそれに携わる研究者の圧倒的な魅力をかみ砕かずに伝えることも大事にしているんだ。」

清水さんがこの活動を続けているのは研究の魅力、研究者の魅力を発信することで幅広い領域の学問が持つ面白さを知ってもらい、関心を向けてもらうためだといいます。「専門家のみによる議論を黙って聞き、権威ある人の意見に同調する」だけでなく、広く議論を展開したり、自らの意思を表明する力をつけたりするには、学問への関心、それも「面白い」と思い続けることが欠かせません。そのためにアカデミアにあるものをどう編集するか。清水さんの取り組みは続きます。

最後に映し出された「Let’s ACADEMIC GROOVE!」の投げかけとともに教養をテーマにしたイベントの幕が降りました。清水さんに贈られた盛大な拍手はACADEMIC GROOVE運動への賛同であり、参加者の皆さんがACADEMIC GROOVERになった瞬間を示すものでした。

開催日時2015年6月19日 19:00 - 21:00
会    場Future Work Studio Sew
開催場所〒102-0094 東京都千代田区紀尾井町4-1 ニューオータニガーデンコート10F
参 加 費1000円(懇親会費用として)
主 催 者清水修+Sew運営委員会
概要 「教養」という言葉。聞いただけでなんか偉そうだし、難しそうに感じられます。

しかし、そんな教養を生み出す「学問」の巣窟である大学には、ものすごく面白い研究がたくさんありますし、それに取り組んでいる魅力的な研究者がワンサといます。直接大学を訪れないにしても、こんな魅力的な研究や研究者を知らないまま人生を終えるなんて、本当にもったいない!

今回のファシリテーター清水修さんは長年編集者を続けてきた経験を活かし、大学広報で研究と社会をつなげる仕事に携わってきました。

「教養を身に着けるためには、たくさん本を読み、うんと考えなければいけないのですか」と清水さんに伺ったところ、その答えは「No」。よほど興味を持たない限り、読むことや考えることに疲れて「学問」が大嫌いになってしまうと言うのです。

では、どうすれば「学問」を楽しみ、「教養」を手なずけることができるのでしょうか。そのカギを手に入れるのが今回のワークショップです。科学や文学は好きだけど、楽しむきっかけが欲しいと思っている方にはぴったりのイベントかもしれません。

また、”私たちは何のために教養を身に着けるのか”というその一歩先のこともディスカッションなどを通して共有できればと考えています。
詳細説明 18:30 開場
19:00 概要説明
19:10 <レクチャ>学びとクリエイティブ
19:20 アイスブレイク 偉大な業績語れますか?
19:40 ワーク01 なんで学問は難しい?
20:00 <レクチャ> アカデミアを編集する
20:20 ワーク02 なんだかわからないから面白い
20:50 まとめ
21:00 懇親会
22:00 解散

清水 修さん

編集者
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 特任准教授
同機構 広報・アウトリーチマネージャー

1961年、東京生まれ。

大学卒業後、講談社『Hotdog・Press』、文芸春秋『CREA』等雑誌の編集をはじめ、広告、書籍など多岐にわたって活動。以後20年間のライター&編集者生活を経て、2005年、東京大学本部広報室特任専門員に着任。編集者として培った「編集」の思想をもとにアカデミアに溢れる魅力発信の挑戦を開始する。

東京大学広報誌『淡青』、東京大学創立130周年記念出版物『ACADEMIC GROOVE The University of Tokyo 東京大学アカデミックグルーヴ』(東京大学出版会 刊)等、学内の様々な制作物を編集制作。また、ACADEMIC GROOVEのスピンアウト版フリーペーパー『mini ACADEMIC GROOVE』をプロデュース。

2013年、東北大学東北メディカル・メガバンク機構特任准教授に着任。広報誌『phrase』等を編集制作。2015年6月より、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)に移籍し、同機構特任准教授(広報・アウトリーチマネージャー)。

東京大学での『ACADEMIC GROOVE』編集制作をきっかけに、若手大学職員、若手研究者とともに学問や研究者の魅力を伝えていく『ACADEMIC GROOVE運動』を推進している。

注意事項

教養を身に着けようとして購入したものの難解で読み切れなかった本はありませんか。ぜひそんな本を一冊ご持参いただければ幸いです。

参加方法 本イベントは終了しました。

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